愛着障害から回復するには結局、人から愛情を注いでもらうしかないんじゃないか。

これまで、ずっと愛着障害に苦しんできてね。

それはそれはしんどかったんですよ。

本当の自分では愛されない。
頑張っていないと受け入れられない。
人の目が気になって仕方がない。
何をするにも自信がない。
将来にいいことなど起きない気がする。

人と一緒にいると
心が休まることがないんです、全然。

いつも不安で、
いつも焦燥感を感じていた。

社会で生きていくためには、
もっともっと自分を武装しないといけなくて、

自分の弱みなんて絶対に人に見せたらダメで、

周囲が自分を傷つけようとしてくる敵ばっかりに見えてた。

 

そんな状態が、カウンセリングのおかげですっかりといっていいほど、
よくなったんですけどね。

 

思うのは、愛着障害を治すのって、
すげえ大変だ、ってことなんです。

本当に大変。

 

ぼくも最初は自力で治そうとしたんですよ。

もう、たくさんいろんな本を読みました。

精神医学の本とか、
心理学の本とか、
有名な学者が書いた本とかね。

いろいろ読んで、
認知行動療法のセルフケアのトレーニングを
自分なりに実践しようとしたりね。

あの手、この手。

もう、自分でできることは全部やった。

それをやったうえで、

それでも全然よくならなくて。

だから、愛着障害を専門とするカウンセラーを必死に探して、
本当に運よく、心から信頼できる人に出会えて。

ぼくの心の問題は、そのカウンセラーさんじゃなかったら、
絶対に治らなかったと思ってる。

それくらい、奇跡的な出会いだったし、
いくら感謝してもしたりない。

 

でね、こんな出会いをとおして、
言いたいことがあって。

それは相性のあう、、、いやそれ以上に、
愛着障害を治すことに命をかけてる(言葉とおりの意味で)カウンセラーさん
と出会えるかどうか。

それが愛着障害から回復できるかどうかを決めちゃうだろう、ってことなんです。

 

ここからはぼくなりの解釈もまじえた話になるけど、、、

愛着障害って、小さい頃、親との間で問題があって、

具体的には、虐待を受けていたり、とか、
無視のようなネグレクトを受けていたり、とか、

そういう状況があって、

「子供として」生きることができなかった、って場合が多いと思うんです。

何をしても自分は愛される、っていう安心感をもてない。
すべてをゆだねて、甘えられる存在がいない。

その結果、子供のままでいられなくて、
子供を経ずに、大人になる。

周りをみて観察して、
親に怒られないように、
先生に怒られないように、
仲間外れにされないように、
必死に知恵をしぼる。

そのままの自分ではダメで、
繕い、装い、周囲とまがりなりにも協調して生きれるように
工夫を重ねる。

頭は常にフル回転。休まらない。

何がいいたいかっていうと、

そうやって育った人は、身体は大人でも、
心が育っていなくて、子供のままなんだ、ってことなんです。

理性的ではあるが、感情的でない。
だから、人との心のかよったコミュニケーションが苦手で、
人間関係で悩む。苦しむ。

ぼくがまさにそうでした。

 

でね。

身体は大人、心は子供。
そういう愛着障害をもった人が、どうやったら回復できるかっていうとね、

結局、親と同じくらいの愛情を人に注いでもらうしかないと思うんです。

親との間で築けなかった関係を、
別の人と築く。

この人なら信頼できる。
自分は何をやっても愛される。許される。
ハメを外しても笑って受け入れてくれる。

そういう関係性を人と築いていく。

ぼくはまさにこのことを、カウンセラーさんとの間でやったわけなんですけどね。

 

愛着障害をもった人に、親と同じくらいの愛情を注げる人なんて、
この日本に、いや世界にいったいどれだけいるのかってことなんです。

だって、他人なんですよ。

自分の子供ならまだしも、
純粋な他人に、それだけの愛情を注げますか、って。

ぼくのカウンセラーさんはそれができたんです。

自分自身が大変な人生を生きてきた人で、
自力でたくさんの心の病を克服してきて。

だからこそ、同じように心の問題で苦しむ人を助けたいっていう、
凄まじい情熱をもった人でね。

ぼくはもう、溢れんばかりの愛情を注いでもらった。

こちらの話す言葉を、いつも真剣に聞いてくれて覚えていてくれたし、
一緒に感情を動かして、喜び、笑い、泣いて、

間違ったことをすればちゃんと叱ってくれて、
嬉しいことがあれば、自分以上に喜んでくれて。

だからぼくはよくなれたんだと思うんです。

まさに、健康な子供が幼少期にやるようなことを、
ぼくはカウンセラーさんとの間でやったんだと思う。

そういう人と出会えるかどうか。

そこまで、愛着障害を治す、ってことに全身全霊で挑んでくれる人に出会えるかどうか。

それが病を克服できるかどうかを決めちゃうだろうなって、
本当にそう思うんです。

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