気候もちょいと温かくなり、
友人が釣りにでも行きましょうやと誘ってくれた。
ほう、と興味は湧いたものの、
わたしは釣りの趣味なんて持ち合わせていないもんで、
釣り道具はもちろん、釣り場へ行くための車もない。
そこんところを問うてみると、その友人は
「任せときなさい。」
とおっしゃる。
なんでも、釣り道具は貸してくれると。
さらには、お目当ての釣り場へ行くのに
車は要らぬ、電車で行けると、とこうきた。
じゃあ、もう、こちらに、断る理由などあるわけない。
なんせ、自分の周りにはどうも釣りを趣味とする人が多く、
おいらも釣りとはどういったもんか、知りたかったし、やってみたかったんです。
それで、行ってきました。
ただ、もう、こちらは、竿の組み立て方も知らぬし、
餌も何をつければよいか分からない。
糸をどこに、どのように垂らせばよいか分からないし、
皆の目には見えているらしい足元の魚群も
わたしにはとんと視認できぬ。
右往左往していると、
友人があれこれと手を焼いてくれる。
なんて優しいのか。
釣りをする人とは、
すなわち、糸を垂らし、魚が食いつくのをじっと待つ人、待てる人である。
つまり、我慢強い。
忍耐。
寛容。
彼の優しさは、釣りが好きという、
その趣味からもたらされたものかもしれぬ。
はたまた、彼が愛してやまぬ釣りの世界に、
わたしをなんとしても引き入れたいのか。
まあ、それはさておき。
なんやかんや、手取り足取り教えてもらい、
ようやっと、糸を海中へ垂らす瞬間が
わたしにもやってきた。
もちろんね、
わたしはなんといったって初心者なもんで、
魚など、そうそうには食いついてこぬとは、
思っていた。
でも、その予想は鮮やかに裏切られる。
海釣りとは、かくあるものか。
すぐに、足元の魚たちが、わたしの餌つきの針をつんつんとつっついているのが
糸を通じて竿に伝わってくる。
この魚によるつんつんのことを、釣り人たちの間では「アタリ」というらしい。
アタリのタイミングで引っ張り上げてやれば、
魚に針が引っ掛かり、見事に釣り上げることができるというわけ。
なもんで、はじめはアタリのタイミングを見逃さないよう
手の神経を研ぎ澄ませていたんだけど、
どうも、タイミングを合わせるのが難しい。
そうこうしているうちに、
針の先についた餌だけ器用にもっていかれちまう。
そこでだ。
もう、アタリのタイミングに合わせるのはやめた。
一定のサイクルで腕を上下に振って、
餌におびき寄せられた魚を針でひっかける作戦に変えたんです。
これが功を奏しまして。
釣れる、釣れる。
もうね、はじめに釣れたときは、大興奮ですよ。
うおおおおおお!!!
釣れたぞおおおお!
っていうね。
やっぱり嬉しい。
釣りってなんだか難しいように感じていたけど、
自分にもできるんだ!、っていう、
なんだか新しい世界の扉が開いたような感動があった。
そのあとも、
大半は小さかったですけど、
ずいぶんと釣れたんですよね。
ただし。
ただしです。
魚がうまいこと針にひっかかったとするじゃないですか。
その魚はね、針に引っかかった状態で海から出てくるわけです。
当然ですけど。
次にね、魚から針を外し、もってきたクーラーボックスにうつすという
作業が発生する。
このね、魚から針を外すときですよ。
何かってね。
もうとにかく、痛そうなんです。
針がささった状態の魚が。
針が、魚の口を貫いている。
場合によっちゃ、針が口から入って、
眼球の縁から飛び出ていたりもする。
しかも、針はなかなか抜けないように、
かえしがついているんでね。
コツをつかまないと、
なかなか抜けなくてね。
あっち引っ張り、こっち引っ張りして
それでも抜けなかったりする。
いかんせんぼくは初心者なもんで。
もうね、魚が可哀そうになってくるんですよ。
ぼくは、ごめんね、って心の中でつぶやきながら、
なかなか抜けない針をぐいぐいあちこちに引っ張ってた。
もうね、魚の目を見てるとね、
なんだか泣いているように見えてきて。
とても申し訳ない気持ちになった。
ごめんね、痛いよね。
そうなんだよな。
魚は、自由に泳いでいた。
目の前に餌があって、
それに食いついたら、
ほっぺを針が貫通し、
必死にもがくも、抵抗むなしく、
自分の身体はなぜか空中を舞っている。
気付くと、地面にたたきつけられ、
ささった針をあちこち引っ張られ、
ほっぺを引きちぎられ。
そして、クーラーボックスで窒息死させられる。
なんて、可哀そうじゃありませんか。
釣りって楽しそうって思ってたけど、
なんか、そう単純ではない。
というか、ぼくは、そう単純には楽しめない気がしている。
釣りを。
なんかこう、心にくる。
魚たちの無念、怨念、切なさが胸に迫ってくる。
なんやかんやいって、結局、
釣った魚は美味しくいただいたけどね、
はたして、自分はもう一度、釣りにいくことは
あるんだろうか、とちょいと首をかしげるのでした。
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