社会人で医学部受験を決意するまでの葛藤

お酒を飲んでしまったから、
思い出話をひとつ。

ぼくはもともと大きな会社に勤めていてね。

決して要領がいいタイプではなかったんだけど、

上の人には従順で、やれと言われたことは、
いくら時間をかけても休日出勤してでもこなしていたし、

周りの先輩、同僚、後輩、下請け会社の人にも気を配って
敵を作らないようにもしていたし、

っていうのもあって、

上司からは割と評価されていたんです。

入社して4、5年目くらいのとき
選抜されて海外研修にも派遣してもらったし、
ちゃんと出世コースにもいたんだと思う。

ってなるとね。

だいたい、自分のキャリアが見えてくるんです。

あと5年したらこうなって、
10年もすれば課長か、みたいな。

そう上手くいくはずもないけど、
でもなんとなく、将来が見えてくる。

 

で、ぼくは、その、見えている将来が
イヤでイヤでしょうがなかった。

エンジニアとして、ものづくりをするのは楽しかった。

皆で協力して一つの製品を完成させたときには、
めちゃくちゃ達成感もある。

でも、年齢があがって、課長とかのマネージングする立場になると、

現場からは一歩ひいて、課の運営をすることになる。

それはつまり、仕事があったら、その仕事を誰にやってもらって、
どれだけの予算を割り当てるかを考えて、、、

っていうことをする。

つまりは、仕事の割り振りとかお金の管理。

ぼくはどうしてもそれをやりたくなかったし、

一生、やりたくないと思った。

若さゆえなのか、って今もだけど、
ぼくは管理業務にまったく興味がもてなくて、

自分がそれをする未来を拒絶したくてしょうがなかった。

それともう一つ、
エンジニアとして生きていくことの不満もあって。

特に大きい会社でBtoBのエンジニアの場合に多いのだけど、

自分が作った製品を、実際にお客さんが使っているのを見ることがない。

お客さんと実際に接するのは、営業とかマネージャーの仕事だから。

ってなったときに、自分の努力に対して、
お客さんから「ありがとう。」って言ってもらえることがないんですよね。

なんだか、それが物足りなかった。

ぼくは、もっと直接的に、自らがなんらかのサービスを与え、
それに対して、感謝されることを仕事にしたいと思った。

理由はそれ以外にも、それはそれはたくさんあるのだけど、

そんなのもあって、医学部に入学したいと思った。
医師として、人を助けるのを仕事にしたいと思った。

 

で、ここからなんです。

当時のぼくは32歳です。

もう30歳をこえているのに独身で。

周りはどんどん結婚し、
車を買い、家を買う。

世間のいわゆる「普通」のルートを歩んでいる。

自分だって、今から、そのレールに乗ろうとすれば、
なんとか間に合う。

さあ。

この状況で、はたして合格するかも分からない医学部受験に踏み出す、って
とても勇気のいることなんです。

それはつまり、レールから外れることを意味するから。
いい学校を出て、いい会社に入り、家庭をもち、家を買う。
そういう、これまで信じてきたレールから外れる。

もう「普通」には戻れない。
そういう決断なんです。

だってね、

準備期間に少なくとも1年はかかるんです。

受験に失敗したときの逃げ道を用意しておきたかったから、
会社も辞めることはできない。

ってなると、勉強できるのは、会社から帰ったあとと、
休日だけです。

その限られた時間で準備しようと思うと、

もう、働いている時間、寝食の時間以外のすべての時間を
勉強にあてるしかないんです。

それに、
時間だけじゃく、お金もいるんです。

社会人の医学部受験に特化した予備校があって、
そこで勉強しようと思うと、
学費が100万円以上かかる。

つまり、

医学部受験の準備に踏み出すってことは、

あらゆる隙間時間を勉強にあてること、

100万円以上のお金を先行投資すること、

を決断しないといけない。

 

酷だと思いませんか。

仕事が終わって帰ったら、

周りは、皆、酒のんで、嫁とセックスして寝てるんですよ。
そんななか、ぼくは勉強するんですよ。
自分でつくった粗末な晩ごはんをかきこむように食べて、深夜、夜遅くまで。
それを1年以上つづけないといけない。

それに、予備校に払う学費の100万円だって、
それだけあったら車買えるじゃないですか。
合格すればいいけど、不合格で終了になったら、
100万円を捨てたのと一緒なんですよ。

時間とお金。
それを投資する。

 

いくら考えたって、自分が合格できるかなんてわからない。

ひょっとすると、全国のどこかの大学にはひっかかるかもしれない。

でも、それだって、努力して努力して、やっと合格できるかどうかだ。

はじめはよくても、途中で挫折したりしないだろうか。

出張も残業もあるのに、
仕事をしながら勉強を続けていくことなんてできるんだろうか。

30歳も過ぎているのに、ここで1年以上の期間をすべて勉強に費やしてしまって、
自分の人生は大丈夫なんだろうか。
結婚したり、家庭をもったりする方が、
人として生きるうえで勉強以上に大切なんじゃないだろうか。
むしろそっちの方が、家族は望んでいるんじゃないだろうか。

そういう、不安や悩みで胸がいっぱいになってしまって、

遂に受験勉強の開始を決断するには、ずいぶん時間がかかったなあ。

 

ちなみにぼくは、この決断にあたって、誰にも相談をしなかった。

職場の同僚には言えなかった。
みんなも大変な思いもしながら会社勤めをしているのに、
自分が抜け駆けしようとしているみたいに思われるのがイヤだったから。
それに、結局不合格でそのまま会社勤めになったとき、
会社を辞めようとしたけど失敗した人っていうレッテルを貼られるのが
イヤだったから。

親にも言えなかった。
早く結婚して家庭をもってほしいと思っていそうだったし、
「せっかく大きい企業に入ったのだから、今のままでいいじゃない。」
って言われるのも目に見えてた。
自分の抱えている葛藤を理解してもらえないと思ったし、
相談しても意味がないと思ったし、
こっちが不快になるだけだと思った。
それに30歳を過ぎて、人生を悩んでいる自分を見せるのが恥ずかしかった。

結局、勉強がある程度進んだところで、
昔からの友人にだけ打ち明けた、、、そのくらいだった。

 

今でも、思うんだ。

あのときの自分。

本当によく決意してくれたなって。

あの頃の悩み、苦しみを今でも鮮明に覚えていて、
思い出すだけで、胸が苦しくなる。

本当に苦しかった。

引き裂かれるような葛藤を抱えながら、

それを誰にも打ち明けることもできず、

たった一人で医学部受験を決めて、

たった一人で準備を進めた。

受験を決意してから、合格するまでの道のり。

このときの自分の勇気と努力。

今でも、ぼくはあのときの自分を思い出すたび、

自然と感謝の念が湧くし、

心から誇りに思うんです。

あのときの自分のおかげで、
ぼくは今、自分の夢に向かって、本当に充実した日々を送れているから。

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